【知財契約のツボと落とし穴】秘密保持条項〜前編〜
※本コラムは読者の皆さんのイメージがしやすいよう、「知財専門家」と「中小企業・スタートアップのバックオフィス担当」との「バーチャル対談」で構成しています。
また、オープンイノベーションの当事者として、「大企業の事業部門・営業部門」の皆さんにも協業の相手方からどのように見えるのか、立場を置き換えて読んでいただけると幸いです。
NDA至上主義の弊害〜NDAがあれば何をしゃべっても大丈夫?〜
専門家
これから「知財契約のツボと落とし穴」というテーマで対談していきたいと思いますが、最初のテーマは「秘密保持条項」(いわゆるNDA)です。
これは皆さん聞いたことはあると思うのですが、何か新しいビジネスアイディアを思いついたときに、「これってNDAなしに誰かに話してしまうと何かまずいことがありそう」といった感情を持ったことがあると思います。
これは皆さん聞いたことはあると思うのですが、何か新しいビジネスアイディアを思いついたときに、「これってNDAなしに誰かに話してしまうと何かまずいことがありそう」といった感情を持ったことがあると思います。
そうですね!投資家の皆さんにアピールするときも、しゃべってしまうとどこかで競合にも知られるのでは、と思ったことがあります。
バックオフィス担当
専門家
その感覚はとても重要です。
ひとつ面白い話があるのですが、大企業の提携先候補に、核心の話をする前に「NDAをお願いしてよいですか?」と持ち掛けてみて、もし断られたら、そういった方とは付き合わない方が良い、というスクリーニングの方法があります。
ひとつ面白い話があるのですが、大企業の提携先候補に、核心の話をする前に「NDAをお願いしてよいですか?」と持ち掛けてみて、もし断られたら、そういった方とは付き合わない方が良い、というスクリーニングの方法があります。
なるほど、“盗る気満々”ということですね?
バックオフィス担当
専門家
はい、実は大企業がスタートアップと付き合う際に意外と多いパターンです。ずっと“下請け”としてしか見ていない証拠ですので、お付き合いはやめた方が良いでしょう。
NDAを結んでくれたら安心、ということですね?
バックオフィス担当
専門家
そうですね!一歩前進です。
ただ、NDAにも落とし穴がたくさんありますので要注意です。
ただ、NDAにも落とし穴がたくさんありますので要注意です。
そうなんですか?
バックオフィス担当
専門家
はい、例えば、NDAに違反して秘密がばれたらどうしますか?
裁判で訴える?
バックオフィス担当
専門家
そうですね、でも一度流れた秘密は忘れてもらうことはできないですよね。ネットの時代、そういった“ここだけの話”はあっという間に広がります。
なるほど、「覆水盆に返らず」ですね。
バックオフィス担当
専門家
そうです!秘密情報というのは、ばれた瞬間に価値がゼロになると思ってください。
確かに。そうするとNDAを結んだからと言って過剰に安心せず、秘密情報はできるだけ出さない、ということですね!
バックオフィス担当
専門家
その通り!
秘密情報を交渉のカードに使うときは、一気に見せるのではなく、“チラッと見せて様子を見る”を繰り返すのがコツです。
秘密情報を交渉のカードに使うときは、一気に見せるのではなく、“チラッと見せて様子を見る”を繰り返すのがコツです。
「NDAがあるから安心」、は危険ですね。
これからは、必要な相手に必要なだけ小出しにするようにします!
これからは、必要な相手に必要なだけ小出しにするようにします!
バックオフィス担当
専門家
まさにその通りです!
チェックポイント
落とし穴:NDAがあれば何をしゃべっても大丈夫?
ツボ:過剰な期待をせず、「チラッと見せて様子を見る」を繰り返す
ツボ:過剰な期待をせず、「チラッと見せて様子を見る」を繰り返す
秘密情報の定義〜その旨の明示、通知のないものは秘密ではない?〜
専門家
次は秘密情報の定義です。
正直、あまり気にしたことはありませんでした。ネットで検索して出てくるものも似たような感じなので、ついこんなもんだな、と見過ごしてしまいます。
バックオフィス担当
専門家
そうですね。でも、よく読むとここにも落とし穴があります。
そうなんですか?ちょっとドキドキしてきました。
バックオフィス担当
専門家
その感覚はとても大事です!
「秘密情報とは、」といった文言で始まる文章ですが、必ずと言っていいほど掲げられる条文つい“スルー”してしまいがちですが、最後まで読んでみてください。
せっかくですので経済産業省が公開しているNDAのひな型を参照してみましょう。
「秘密情報とは、」といった文言で始まる文章ですが、必ずと言っていいほど掲げられる条文つい“スルー”してしまいがちですが、最後まで読んでみてください。
せっかくですので経済産業省が公開しているNDAのひな型を参照してみましょう。
引用:https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/trade-secret.html#handbook
こんな感じです!
経産省さんのひな型にも落とし穴があるのですか?
経産省さんのひな型にも落とし穴があるのですか?
バックオフィス担当
専門家
はい、その通りです。
NDAも契約の一つですので、本来は当事者同士の状況や関連する事業の成熟度合い等によって簡素にしたり、厳重にしたりすべきものなのですが、“ひな形”という言葉に引きずられてつい頼りがちになってしまいますよね。
NDAも契約の一つですので、本来は当事者同士の状況や関連する事業の成熟度合い等によって簡素にしたり、厳重にしたりすべきものなのですが、“ひな形”という言葉に引きずられてつい頼りがちになってしまいますよね。
そうですね。
正直、このままコピペして使いたいです!
正直、このままコピペして使いたいです!
バックオフィス担当
専門家
でも、スタートアップにとってNDAは大企業と連携したり、資金調達をしたりするための道具でもあり、その道具の“使い方”を知っておくことは決して損ではないと思います。
ここで注目してほしいのは3項と4項です。
ここで注目してほしいのは3項と4項です。
3. 甲又は乙が口頭により相手方から開示を受けた情報については、改めて相手方から当該
事項について記載した書面の交付を受けた場合に限り、 相手方に対し本規程に定める義務
を負うものとする。 (*5)
4. 口頭、 映像その他その性質上秘密である旨の表示が困難な形態又は媒体により開示、提
供された情報については、 開示者が相手方に対し、 秘密である旨を開示時に伝達し、 か
つ、当該開示後○日以内に当該秘密情報を記載した書面を秘密である旨の表示をして交付
することにより、 秘密情報とみなされるものとする。 (*5)
「口頭」の言葉が目につきますね。
バックオフィス担当
専門家
そうです!
例えば、プレゼンでしゃべったりした内容や、共同開発の打ち合わせでしゃべったりした内容がこれに該当します。
そして、実はこの二つの条項は、後で「書面」を交付して秘密情報として明示したもの以外は秘密にしなくてもよい、ということを言っています。
例えば、プレゼンでしゃべったりした内容や、共同開発の打ち合わせでしゃべったりした内容がこれに該当します。
そして、実はこの二つの条項は、後で「書面」を交付して秘密情報として明示したもの以外は秘密にしなくてもよい、ということを言っています。
え、そうなんですか?口頭でしゃべった内容は秘密にしてもらえないんですか?
バックオフィス担当
専門家
はい、後で書面を交付する必要があります。
知りませんでした!
バックオフィス担当
専門家
これが落とし穴です。
これが分かると、なぜこのような条項がひな型になっているのか知りたくなりませんか?
これが分かると、なぜこのような条項がひな型になっているのか知りたくなりませんか?
はい。
バックオフィス担当
専門家
実は、1項にも秘密である旨を「明示した・・・」というくだりがあります。
なぜこのような「明示」が必要かというと、秘密情報を開示し合う当事者にとって、何を秘密にすればよいかが分からないと、何でもかんでも秘密にしなければならなくなり、かえって事業活動に支障をきたすので、これを「明示」して、お互いの理解の齟齬を抑制するために設けられています。
なぜこのような「明示」が必要かというと、秘密情報を開示し合う当事者にとって、何を秘密にすればよいかが分からないと、何でもかんでも秘密にしなければならなくなり、かえって事業活動に支障をきたすので、これを「明示」して、お互いの理解の齟齬を抑制するために設けられています。
なるほど、それはそうですね。
バックオフィス担当
専門家
そして、プレゼン資料や技術資料などの「書面」であれば、「社外秘」や「部外秘」などの表示をすれば秘密である旨が明確になりますが、「口頭」だと、そうした「表示」が困難なので、後で「書面」にしておけば、こうした混乱が避けられますよね。
専門家
でも、口頭でプレゼンする内容に価値があることも多く、正直に言うと、プレゼンで盛り上がって“口が滑った”ことも多くあります。
社長が一番危ない、というのは“ベンチャーあるある”ですね(笑)!
バックオフィス担当
専門家
(苦笑)
専門家
そこで、この4項や5項を設けておくべきか、というのは、NDA締結後にどのような秘密情報の開示が想定されるかをよく考えて判断することが重要です。
それが、当事者同士の状況により判断する、ということですね!
バックオフィス担当
専門家
その通りです!
3項や4項がないと、基本的には、1項の原則通り、秘密情報とは、「甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう。」となりますので、例えば、口頭で「これからお話することは当社の秘密情報です」、といった形で断りを入れておくことで、秘密情報として取り扱われることになります。
3項や4項がないと、基本的には、1項の原則通り、秘密情報とは、「甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう。」となりますので、例えば、口頭で「これからお話することは当社の秘密情報です」、といった形で断りを入れておくことで、秘密情報として取り扱われることになります。
なるほど、でもだったら3項や4項はない方が良いことになりませんか?
バックオフィス担当
専門家
その場合は、「口頭」でしゃべった内容すべてを一旦全て秘密保持の対象としつつ、1項但し書きにより秘密の開示を受けた側が①~⑤で「書面によってその根拠を立証できる場合」はその対象外とすることになります。
すなわち、今度は秘密にしなくてもよいことを秘密の開示を受けた側が「書面」で「立証」する必要が出てきます。
すなわち、今度は秘密にしなくてもよいことを秘密の開示を受けた側が「書面」で「立証」する必要が出てきます。
めんどくさいですね。
バックオフィス担当
専門家
そうなんです。
経済産業省のWebサイトでも「(*5)口頭や映像等で情報が開示される場合に備え、このような規定を追加することも考えられます。」と注釈がついていますので、メリット・デメリットをよく考えて、こうした条項を入れるかどうかを判断することが大切です。
経済産業省のWebサイトでも「(*5)口頭や映像等で情報が開示される場合に備え、このような規定を追加することも考えられます。」と注釈がついていますので、メリット・デメリットをよく考えて、こうした条項を入れるかどうかを判断することが大切です。
NDAの入り口でこんな落とし穴があると思っていませんでした!
バックオフィス担当
専門家
はい、でもこの「秘密情報の定義」というのはNDAの一丁目一番地であり、これからお話しするすべての内容に影響がありますので、一番最初に触れておくことにしました。
例えば、当事者同士の関係や関連する事業の内容がかなり成熟しており、「書面」で秘密情報を特定することが比較的容易であれば、3項や4項はむしろあった方が良いでしょうし、まだまだ柔らかい関係でそのような「書面」のやり取りがかえってお互いの情報交換を阻害するようであれば、外しておく方が良いでしょう。
例えば、当事者同士の関係や関連する事業の内容がかなり成熟しており、「書面」で秘密情報を特定することが比較的容易であれば、3項や4項はむしろあった方が良いでしょうし、まだまだ柔らかい関係でそのような「書面」のやり取りがかえってお互いの情報交換を阻害するようであれば、外しておく方が良いでしょう。
よくわかりました!
バックオフィス担当
専門家
よかったです!
そして、今後お話しする内容も同様ですが、当事者同士の関係や事業の成熟度等によって“調整する”ことが重要です。
そして、今後お話しする内容も同様ですが、当事者同士の関係や事業の成熟度等によって“調整する”ことが重要です。
そうですね!ありがとうございます。
バックオフィス担当
チェックポイント
落とし穴:その旨の明示、通知のないものは秘密ではない?
ツボ:過剰な明示・通知要件は避けるべき
ツボ:過剰な明示・通知要件は避けるべき