特許分析の応用例紹介(経済分析例)
※本コラムは執筆者の私見によるものであり、所属団体その他の見解を代表するものではありません。
IP Scopeの狙いは、特許に関する情報を分析することによって、技術動向や今後の予想、企業の技術戦略を見つけ出すことにあるといえる。
ビッグデータ時代である現在は、データ分析によって知見を見出し、それを企業の戦略やオペレーションに活かすことが重要になってきている。
特許に関する分析は、経済に関する分析でも多く用いられている。そこでここでは、細かい分析内容ではなく具体な経済分析例を取り上げ、特許を用いた分析でどのような経済分析ができるのかを取り上げていきたい。
【例1】
枝村 一磨(科学技術・学術政策研究所)、乾 友彦(経済産業研究所)著
「研究者の多様性が特許出願行動に与える影響の定量分析」
(RIETI Discussion Paper Series 16-J-004 2016年2月)
こちらは、「研究者の多様性が特許出願行動に影響を与えるか否かを、科学技術研究調査、民間企業の研究活動に関する調査、IIPパテントデータベースを用いて、定量的に分析する」(原文引用)というものである。一言で言えば、特許出願が多くなるためには多様性が多い方が良いのか否かを定量分析した研究である。
結論は、「研究者に占める女性や博士号取得研究者の人数および割合が高まると、特許出願行動が活発になることが確認された。ただし、女性や博士号取得研究者の人数や割合は、特許出願行動と逆U字の関係にあることも確認された。また、研究分野に偏りなく研究者を雇用し、研究者の年齢構成に偏りがないようにすると、特許出願行動が活発になることが示唆された。女性研究者や博士号取得研究者を積極的に雇用し、研究者の研究分野や年齢構成に偏りがない企業は特許出願行動が活発であるという本稿の推計結果は、研究者の多様性が研究開発活動を活発化させる可能性があることを示唆している」(原文引用)というものである。
昨今よく言われていることであるが、「企業において人材の多様性が必要である」ということについて、特許出願の観点からも有効性が高そうだという結論を支持しているものとなる。
このように特許分析は単体のみでは心許ないが、他のものと組み合わせてさまざまな経済的な分析に活用することが可能である。
もう少し詳しく、同論文を紹介しよう。まず、検証された仮説は次の5つである。
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[仮説 1]女性研究者が多い企業ほど、特許出願件数が多い。
[仮説 2]博士課程取得研究者が多い企業ほど、特許出願件数が多い。
[仮説 3]雇用している研究者の研究分野に偏りがない企業ほど、特許出願件数が多い。
[仮説 4]雇用している女性研究者の研究分野に偏りがない企業ほど、特許出願件数が多い。
[仮説 5]雇用している研究者の年齢構成に偏りがない企業ほど、特許出願件数が多い。
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このように、全て特許出願と結びつけて仮説を立てており、アウトプットの指標として特許出願は使用しやすいものであるということがわかる。そして、企業内の指標として用いることが難しいものが多い中、特許出願という指標は少なくとも企業にとってその研究が有益だと判断できるものであることを示している。何らかの価値があると判断された研究をピックアップできることからも、使いやすい指標であると推定される。
分析については上記の論文を直接参照願いたいが、結論は全ての仮説を統計的に満たしている。このように特許を分析することによって、ダイバシティーの有効性をある程度実証的に論ずることが可能となる。
しかし、使い方には注意も必要だ。この研究でも「2011年に出願された特許データを企業レベルで接合したデータを用いる」としており、その結果であることを前提としなければならない。ご存じのように特許は常に変動するものであり、例えば同じ検索式を用いても時期によってその結果には若干の揺れが生じる。それも念頭に置き、あまり過信せずに参考として使うことが必要だろう。
【例2】
和田 哲夫(学習院大学)著
「特許の私的経済価値指標としての特許引用と引用三者閉包」
(RIETI Discussion Paper Series 12-J-030 2012年9月)
こちらは、「我が国の特許データに基づく審査官引用と発明者引用の間で、推移性や密度などネットワークとしてみた特許引用の性質に大きな違いがあることに着目し、それら違いが特許の私的価値指標としての性質にどのような関係を持つか」(原文引用)の研究である。
結論として、「引用情報の中で審査官引用はノイズと解釈されることもあるが、『特許の藪』とも呼ばれる特許権の稠密性が権利の経済価値に与える影響は、審査官引用の活用によってより詳細に分析できる可能性を示している」(原文引用)という、審査官引用に着目した分析の可能性も示している。
AIPE知的財産アナリスト(以下アナリスト)であっても必ずしも審査官引用に着眼している人は多くないと思われるが、もしかすると審査官引用にも着眼して分析することで、さらに分析の幅が広がる可能性があるといえよう。
簡単にこの論文を紹介しよう。
特許の経済価値については先行研究が多くあり、「アナリストも注目する特許被引用が多い特許は経済価値も高い」という結論はおおよそ支持されているといえる。一方、審査官引用に関しての先行研究も存在はするものの、特許被引用と審査官引用とで違いが生ずるのか、それは何なのかについては示されていない。また、これらのネットワーク全体の分析は多くなく、その分析を行おうとするのがこの研究である。
示されているアイディアとしては、次のようなものがある。「このアイディアの一例を Figure 1.で示す。引用を行う特許は、すでに同一の親特許を引用する先行特許も同時に引用する場合がある。このとき、ある親特許を引用する『子』特許どうしも引用関係となり、特許引用による三者閉包(triadic closure)が形成される。ここでは、『親子』引用関係と『兄弟間』的な引用関係が同時に成立しているが、3 者が技術的に極めて近い場合に起きやすいことが想像できる。そして Figure 2 に示したように、このような三者閉包が企業境界を越えて形成された場合、ごく近い技術範囲に属する特許群を異なる企業が分割保有することになるので、契約等の法的交渉の必要性が高くなる、と想定される。この推論が正しければ、三者閉包が特許の藪の指標として利用できるのではないか、という可能性が考えられる」(原文引用)。
重要なのは、Figure 2以降(詳細は論文を参照)で、「契約等の法的交渉の必要性が高くなる、と想定される。この推論が正しければ、三者閉包が特許の藪の指標として利用できるのではないか」という部分である。アナリストとしてもこのような分析を行うことで、潜在的なライセンス交渉相手あるいは協業相手などを発見できる可能性があり、重要な示唆を与えてくれる論文であると思われる。細かい分析などは論文を参照されたい。
結論だが、この論文では次のようになっている。
「以上から、主に次の3つの内容が発見された。(1)引用特許と、その社内比率は、ハザードモデルを用いた特許の経済価値推定において正の決定要因である。この点で、審査官引用と発明者引用のもたらす価値情報に大きな違いはないようにみえる。(2)引用特許が特許査定を受け登録されるかどうか、という情報は、その引用特許の出願時点での評価として、被引用側の親特許の権利存続に対する重要な決定要因である。とくに、審査官引用関係が親特許と同一社内であれば親特許の権利存続を促進し、社外であれば親特許の存続を阻害する傾向にある。発明者引用と異なり、審査官引用は権利の相互衝突と優劣関係を直接に示唆するが、それゆえに先行特許の経済価値を示す指標として審査官引用は機能する、と考えられる。(3)三者閉包を形成している審査官引用は、親特許の維持期間という意味での経済価値に対して有意に正の関係を有する。一方、発明者引用の三者閉包は、有意ではない」(原文引用)。
ここでも、「それゆえに先行特許の経済価値を示す指標として審査官引用は機能する、と考えられる」という結論があり、アナリストが分析するときにも審査官引用への着眼は意味がある可能性が高い。
もちろん、これも一つの分析時に示唆を与えるものであるので、過信は禁物であることには気をつけなければならない。
以上、2つほど国内論文を紹介しながら、特許分析例を紹介した。いずれも誌面の関係があるので詳細は論文本体に譲ったが、一口に特許分析といってもさまざまなことが分析できることは感じられたのではないかと思う。