ヘッド画像

【第4回】日米中のAI特許出願人の違いに見るAIへの取り組みと知財戦略

アイキャッチ

企業の戦略に活かすべきテクノロジーは何か
――最新の特許分野のデータ分析から――

特許分野のデータ分析IP Scopeの実践として、テーマごとにNBIL5による特許分析とその分野を取り巻く環境やテクノロジーの最新状況を踏まえ、それぞれの分野の動向や課題を明らかにする本コラム。
第4回は日米中のAI特許取得状況を俯瞰し、AIに関する取り組みと知財戦略について見てみたいと思います。

1. 日本と米国における企業の特許出願状況

第1回から第3回で、AI特許出願の分析状況から日本のAIの実力および、特許についての取り組みを見てきました。
今回は、日米中のAI特許について、出願人の観点から特徴を比較してみたいと思います。
これには日米中のAIへの取り組み方や特許戦略の違いが、出願人の特徴として表れています。

日本のAI特許出願上位

「【第3回】特許に見る日本のAIの実力」で取り上げたように、日本の企業には分野ごとに自社の製品や事業で強い分野があり、その企業がAI特許出願でも上位となっています。
しかし図1に示すように、AI特許出願全体を見ると図抜けた出願人がおらず、出願人上位6社(日立、東芝、トヨタ、NTT、NEC、富士通)はそれぞれ4,000~5,400件で拮抗しています。
また、1位の日立と14位のシャープの比率は約3.4倍程度となっています。

このようにAI全体では、飛び抜けた企業がなく、自社の製品や事業分野のAI技術やAI応用に焦点を当てたAI開発および特許出願が行われているのが、日本の特徴であると言えます。

この理由としては「【第2回】特許出願数や分野に見られる日本のAI技術の傾向と実力」で取り上げたように、日本ではAIの基礎技術であるAIコア技術の特許が他の分野に比べて多くないことや、業務システムの構築を外注のSI(System Integration)に依存していることが考えられます。
SIにおいては変革のシステム開発を外部のSI業者に依存し、SI業者もお客様の要求に基づいてシステムを開発するため、新しいAI技術の開発や活用が進みません。
差別化を図るためには、自社でコアとなるAI技術を開発することや、AI技術を活用したビジネスモデル開発や変革が必要になっています。

米国のAI特許出願上位

一方米国では、IBMが出願数11,959件で、2位のGoogle (3,666件)、3位のSamsung(3,076件)に対して圧倒的な差をつけ、1位となっています。
14位のCanonとの比率は約10倍となっています。
IBMはAIすべての分野での特許取得を行っており、車両・交通制御系を除く分野で出願数第1位となっています。

このような結果は、IBMのAIに対する積極的な取り組みと、特許取得に関する独自戦略によって実現しています。

画像2

2. IBMの開発するコグニティブ・コンピューティング

IBMのAIへの取り組みについて見てみたいと思います。
IBMは、AI関連の技術を「コグニティブ・コンピューティング(以下 コグニティブ)」と呼んでおり、人間のように理解や学習をし、推論できるシステム実現を目指しています。
AIが人の行っていた業務の置換をも目指しているのに対し、コグニティブでは人の能力を拡張することを目的としています。

コグニティブの実現例であるIBMのWatson(IBMの創業者の名前から名付けられています)と呼ばれるシステムは、人が持つ知識を補強して拡張するとともに、処理スピードを加速させることによって人とコンピュータの新しい関係を築くことを目指して開発されました。
2011年2月には、米国のTVクイズ番組「Jeopardy!」で史上最強の2人のチャンピオンとの対戦に勝ち、これはAIにおける歴史的な出来事となりました。
画像3 人の知識を補強・拡張・加速できる分野は、広範囲にわたっています。
IBMは、自然言語処理やオートメーション、AIへの信頼性向上などの多くの点で技術開発を行い、画像や文書解析などによる人為的なミスの削減や意思決定の支援、顧客支援の強化など、多くの分野での特許出願を行っています。
そしてこれらの開発を基に、テキストの要約やスピーチの作成、感情の判断などへと活用分野を広げて特許を取得し、そのビジネス化を行っています。

このように、IBMはコグニティブを人の能力を強化するものとして位置づけてさまざまな分野での研究開発を行い、アイデアを特許として出願して事業につなげています。
IBMがAI研究によって11,959件もの特許取得を実現した要因は、その強固な知財戦略にあります。

3. IBMの知財戦略と米国の特許市場

次に、IBMの知財戦略について見てみたいと思います。
IBMは、AIのみならず幅広い分野の研究開発に基づいて積極的な特許出願を行っており、2020年には合計9,130件の米国特許を取得し、28年連続で特許取得数第一位となっています。
また、今回取り上げたAI以外にも、クラウドや量子コンピューティング、セキュリティ関連と、今後重要になってくる先端テクノロジーの分野でも取得数第一位となっています。
このような幅広い分野の先端研究開発と特許取得を支えるIBMの知財戦略は、下記のような企業方針の言葉にも表れています。

  • ・「革新をもたらすカルチャーを持ち、継続的な研究開発への投資を続け、新製品を通して新たなITの開拓企業として、お客様や社会に大きな利益をもたらすことを使命とする。」
  • ・「継続する研究開発への投資は、IBMの改革を推進するための鍵である。」
  • ・「永続的な基礎研究開発を約束する。」

ここに述べられているように、革新をもたらすカルチャーや幅広い分野の基礎研究を含めた研究開発への継続的な投資が、IBMの知財強化を支えています。

IBMは知財の活用においても、知財を製品や事業へ発展させて特許によってその事業活動の自由度を確保するだけでなく、知財を基盤としたオープンイノベーションを進め、更にオープンソース化や技術の標準化に貢献することを行っています。
また、知財自体をライセンシングや売却することにより、知財収入を得ることも重視しています。
知財収入は毎年10億ドルを越え、2016年12月期の決算では、知財関連利益として16億3,100万ドル(約1,900億円)を計上しました。
価値の高い特許を活用することによって収入を得て、それを更なる研究開発投資に充てることが可能になっているわけです。
第2回で述べた「守り」の特許、「攻め」の特許、標準化がバランスよく組み込まれた特許戦略を実現しているといえるでしょう。
画像4 この特許戦略を支えているのが、米国での他社からの特許取得などの特許市場の存在です。

次の例に、米国の他社特許取得の状況を見ることができます。
Patent Result社が、2011年1月から2012年4月末までに米国特許商標庁で出願時点から名義変更された特許を調査したところ、取得数の第1位はGoogleの3,489件でした。
この時点でのGoogleの全特許数は6,487件で、他社から取得した特許が半数以上を占めていたわけです。
その取得元の第1位はIBMで、取得特許の約68%の2,357件でした。内容としては、検索やメッセージング、データベース関連の技術が含まれています。
IBMの知財戦略の成果をここにも見ることができるでしょう。

このように米国では、イノベーションと事業、特許が結びついており、その活用や取得も活発に行われていることがわかります。

4. 中国のAI特許取得の特徴と国家戦略

中国のAI特許出願上位

図3は、中国のAI特許出願人上位を示したものです。
出願人1位(4,417件)は精華大学(Tsinghua Univ.)であり、出願人上位10位までを見てみると、4,212件の国家電網(State Grid China)という国営の電力会社、3,794件のテンセント(Tencent)、3,112件の百度(Baidu)、2,913件の天安保険(Ping An)を除くと、精華大学、浙江大学、電子科技大学、華南理工大学、北京航空航天大学、西安電子科技大学と6つの大学が占めています。

AI特許の国別出願順位では圧倒的な世界一(日本の約3倍)となった中国ですが、出願人トップの精華大学ですらその件数は、日本の上位6社の件数(4,000~5,600件)程度であり、14位と1位の比率も2.9倍に留まっています。
この特徴からは、多くのAI特許出願人の存在と、それを支えるAIの研究者やエンジニアなどの人材の厚みが窺えます。
また、外国出願人は上位20位に一つも入っていません。
これらの大学からの出願件数の多さ、出願人の厚さ、外国出願人の少なさが、中国AI特許の特異性であると言えます。

これらの特異性を後押ししているものに、政府の政策があります。
中国は、2017年7月に「次世代AI発展計画」を発表しました。
この計画では、2030年までに理論、技術、応用のすべての分野で世界トップ水準に向上し、中国を世界の主要なAIイノベーションセンターとすることを目標としています。
そのためのマイルストーンとしては、2020年までにAI技術を「世界先端水準」にすること、2025年までに基礎理論の進展を行い、AIの一部の技術と応用を「世界トップ水準」に向上させることを挙げています。
また、発展計画では自動運転やビッグデータ、スマートシティ、医療映像、自動翻訳、音声・視覚、軍事を重点分野とし、優先順位を明確にした進め方をしています。
このような国家戦略に基づいたAI強化の計画が大学や企業のAI特許取得を後押ししており、大学からの多数の特許出願につながっているものと考えられます。

中国の強みは、AI技術関連人口の厚みに加えて、人口規模が大きく、膨大なデータを比較的少ない規制の下で扱い易く環境が整備されていることにあります。
このような状況であることから、中国はAI技術を更に発展させていくことが予想されます。
中国の技術強化戦略は、すでに通信の分野に見ることができます。
2020年には、この分野での国際特許の国別出願数で、中国は2019年に続いて1位となりました。
企業として1位となったのは、中国通信機器メーカーのHauweiです。
通信の分野で広がりつつある5G(5th Generation)通信においてはHauweiが5G標準必須特許の15.1%、中国ZTEが11.7%を持っており(出典:独IPlytics)、次の6G通信でも、現時点で中国が40.3%(出典:米Statista)の特許を握っていると言われています。
画像5 このように中国では、技術開発を行い、特許取得をして、それを基に標準化や製品化することによって事業をリードする戦略が成功しており、これに対抗する5Gや6G への投資と開発競争が、世界中で進んでいます。
同様のことが、今後AIの世界でも起きる可能性があります。
このような状況を考えると、中国市場に参入する場合は、より徹底的な侵害調査・IPランドスケープを含む動向調査を行っておく必要性があるでしょう。
その中で、実施能力を持たない中国の大学との連携などについても、現実的に検討をする必要があります。

今回は、日米中のAI特許取得状況から、そのAIに関する取り組みと知財戦略を見てきました。
知財戦略に関しては、特許の取得だけでなく、知財ビジネスや標準化などの特許の活用についても戦略を立て、それと研究開発をつなげることが必要となっています。

次回は、第1回から第4回まで述べてきた、AIテクノロジーの取り組みと知財戦略についてまとめてみたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


TOPへ戻る