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【第5回】AI特許分析から日本のAI戦略を考える

AI特許分析から日本のAI戦略を考える

企業の戦略に活かすべきテクノロジーは何か
――最新の特許分野のデータ分析から――

特許分野のデータ分析IP Scopeの実践として、テーマごとにNBIL5による特許分析とその分野を取り巻く環境やテクノロジーの最新状況を踏まえ、それぞれの分野の動向や課題を明らかにする本コラム。
前回まではAI特許数で世界をリードしている米国、中国との比較で、日本のAIの実力をみてきました。
今回の第5回は、AI戦略と知財に関する企業の課題についてまとめてみたいと思います。

1. AIの倫理規定の策定と適用の動き

特許分析から明らかになったのは、日本は利用技術、特に「車両・交通制御系」「画像処理・通信分野」「制御・工場系」などの自社が強い製品を持っている分野では製品や関連技術としてのAIの開発が進んでいるが、それを支えるAIコア技術やビジネスイノベーションを推進するビジネスモデルに関しては、米中から大きな差がつけられているということです。

その原因として、コラム1では企業の消極性やAIに対する否定的な考えの影響、コラム2では第5世代コンピュータの失敗の経験の影響について述べました。
企業の消極性や否定的な考えの裏には、どこまでAIに任せられるのかというAIの可能性に対する疑念があります。

AIの無制限の利用は、人に対する危険性や社会への重大な脅威を招く可能性があります。
またAIによる自動認識は、過度の監視や検閲につながりかねません。
それ以外にも、誤動作による事故や誤った判断によるトラブルなどが発生する可能性があります。

これらの問題に関して、AIの倫理規定の策定と適用を行おうという動きが出てきています。
AI倫理規定には、倫理規定や品質保証のルール、倫理面での安全性の審査方法が含まれます。
グーグル(18年にAI倫理憲章 )やマイクロソフト(17年にAI倫理の委員会 )、そして日本の企業でも、倫理ルール作りが進んでいます。

具体的な倫理規定の内容について、EU(欧州連合)のAI倫理規定を例として見てみたいと思います。

EUは、AIの有益な活用を目指して、2021年4月にAIの利用を制限する包括的な規制案を公表しました。
その規制案では、禁止すべきAI活用やリスクの高いAI活用に関するシステム要件、事前審査内容などが挙げられており、違反した者には巨額の罰金が科されます。

禁止AIシステムには、人の脆弱性を利用してその人を物理的または心理的に害するもの、公的機関などがAIシステムを使って人の社会的行動や特性を分類し、スコアリングすることによって不利益や不利な扱いにつながるもの、犯罪捜査以外の法執行につながるリアルタイムの生体認証が挙げられています。
リスクの高いAIシステムとしては、重要インフラで利用されるもの、危険を伴う箇所で使用するロボット、採用などにおけるAI判断などが入っており、それらの要件としては、透明性や人による監視、リスク検証や分析の仕組み、データの検証・テスト・トレーニング、ドキュメンテーションが挙げられています。

厳しい規制内容なので、企業の負担の増加やイノベーションが阻害される可能性について産業側から危惧が表明されており、議論が続いています。

しかし、無制限にAI活用を進めていくのではなく、その可能性とリスクを基にした倫理規定を念頭に置いた開発や活用が広がっていくことによって、AIの可能性を過信したりリスクの高い使い方をしたりすることを防ぐことができ、AIはさらに有用なテクノロジーとなっていくでしょう。

2. AIの研究開発投資の状況

AIの研究開発投資の状況

イノベーションを推進するには、AIだけでなく研究開発へ投資することが重要になります。
研究開発費全体の伸びでも、日本は米中に後れを取っています。

2017年の研究開発費が米国55.6兆円、中国50.8兆円であるのに対して日本は19.1兆円であり、2007年から2017年の研究開発費の伸びも日本は16%で、中国の299%、米国の43%と比較すると大きな差があります(経済産業省「日本の産業部門の技術開発をめぐる状況」より)。

研究開発費の80%は企業の投資が占めており、企業の競争力に影響しています。
米国では研究開発費支出の上位をGAFAが占めており、デジタル分野のイノベーションを加速させています。
2018年の研究開発費支出上位はアマゾンが226億ドル(2.6兆円)で1位、アルファベット(グーグル)が162億ドル(1.86兆円)で2位となっており、日本で1位のトヨタ自動車の100億ドル(1.15兆円)と比べ、投資額が大きいことがわかります(PwC Strategy資料より)。

アマゾンのAI研究投資内訳を見てみると、検索エンジンや機械学習、深層学習、会話インターフェイス、画像認識・画像解析などに加え、社内の仕組みや業務などのビジネスイノベーションが含まれています。
基礎研究から応用研究まで多岐にわたっており、製品やサービスだけでなく、自社のビジネス改革にも力を入れていることがわかります。

このような研究開発投資の状況では、投資分野の優先順位が重要になります。
日本では、製品や製造に関する改革や改善に投資が行われ、コラム3でも述べたように、日本のリードしている製品の分野では、AI特許に関してもリードをしています。
しかし、AIコア技術に関しては特許数で米国の約1/5、中国の約1/6にとどまっており、研究の成果である論文数でも米中と大きな差がついています。
2020年に開催されたAIで最も注目される国際会議の一つであるAAAI-20では、下記の状況になっています。

提出数 採択数
日本 168 35
米国 1,599 367
中国 3,189 589

図1:AAAI-20 論文状況

3. AIにおける日本の課題分野

デジタル化が加速する社会では、データの利活用を高度化する基礎技術として、AIの重要性が高まります。
基礎技術としてのAIコア技術はAIの性能を決め、活用範囲も変えていきます。
すべてのAIコア技術に手を付けることは難しいかもしれませんが、取り組んでいくことが必要です。

AIコア技術の中でも優先順位の高い分野が、深層学習です。
深層学習は、コラム2で触れた言語・音声系における自然言語・音声認識以外にも、画像認識や異常検知などの機能によって自動翻訳やスマート工場、自動運転、医療診断など、多くの分野へと活用が広がりつつあります。

しかし深層学習には、学習のための大量のデータが必要であったり、結果の根拠が示されなかったりするという課題があります。
これらを解決することによって、応用分野の範囲や精度を高めることも可能になります。

このような広がりを考えると、データの確保や利用を含めた深層学習へ優先して投資することが必要であると思われます。

日本でより注力しなければいけない分野が、ビジネスイノベーション分野です。
その必要性は米中の1/4~1/5にとどまっているビジネス特許の数にも表れていますが、日本ではビジネスイノベーションとしての業務やビジネスの仕組みの変革が遅れています。
デジタルによる業務やビジネスの仕組みの変革をデジタルトランスフォーメーション(DX)と呼びますが、米国では全社的に、または部門でDXを推進している企業が71.6%あるのに対して、日本ではまだ45.3%にとどまっています(IPA DX白書)。

AIに関しても日本でのユーザ企業でのAI導入状況は4.2%にとどまっており、活用例としては自動応答を行うチャットボットが45.5%を占めていることからも、主要業務でのAI活用が広がっていないことがわかります(IPA AI白書2020 )。

その一つの理由として、コラム3で取り上げたSI(System Integration)への依存があります。

SIではユーザ企業がSIerに構築を依頼するため、ユーザ企業にITノウハウが残らず、その蓄積によって変革を続けることが難しくなっています。
接触通知アプリCOCOAの開発で開発受託企業がさらに3社に再委託していた例や、みずほ銀行のトラブルに見るSIerとの関係のように、SIerや下請けに依存する構造はまだ続いています。
一方、SIerはリスクを避けるために先端技術を使いにくく、また開発に時間をかけたほうが売り上げが上がるため、先端技術の導入による変革が遅れる傾向にあります。

この構造は、IT人材の分布にも表れています。
2017年の日本のITエンジニア105万人の内、ユーザ企業のエンジニア数は28%に過ぎず、その多くはSIerなどのIT企業に属しており、米国の420万人中65.4%がユーザ企業に所属している状況とは大きな違いがあります(IPA IT人材白書 )。

ユーザ企業のIT人材不足も、ユーザ企業でのAI活用が進まない理由の一つであると考えられます。
自らがテクノロジーの活用を戦略とし、主体となって推進していくことができなければ、今後一層進むデジタル社会での競争力を保つことはできません。
これを解決する人材獲得の動きも始まっています。

AIやデータサイエンティストなどのITのプロフェッショナルの獲得競争によって、AI関連人材の中途採用の求人倍率は6から10倍になっており、それらプロフェッショナル人材の給与の上昇も続いています。
これらのプロフェッショナルが力を発揮できる環境や体制を作り、企業戦略としてのDXの中でのAIを活用することが望まれます。

AIによって自社のデータ価値を高め、製品やサービス、業務の強化を図ることが必要です。

4. 知財戦略と特許分析

知財戦略と特許分析

IPランドスケープと呼ばれる特許分析の手法を使うことによって、活用できるAI技術を調べ、開発の優先順位をつけることができます。
この分析では、どの分野の特許が集中しているかで注目分野がわかる一方、特許が出されていないホワイト・スペースを探し出すことも可能です。また、特許分析から競合の戦略を推測することも可能です。このように、特許分析を知財戦略として活用することも重要です。

コラム4で述べたIBMの例に見るように、自社の技術を特許で守るだけでなく、特許ライセンシングの可能性やビジネスや影響力を拡大するための特許を基にした標準化、必要な特許の取得や活用も含めた知財戦略が必要であると言えるでしょう。

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