AI生成物のオーサーシップ 〜第一章 現在進行中の問題〜
※本コラムは、執筆者の私見によるものであり、所属団体その他の見解を代表するものではありません。また、執筆者の過去学会発表・論文・書籍・ブログなどですでに発表済みの内容を再編集しています。
IP Scopeの狙いは、特許をはじめとする知財に関する情報を分析することによって、技術動向や今後の予想、企業の技術戦略を見つけ出すことにある。ビッグデータ時代である現在は、データ分析によって新たな知見を見出し、それを企業の戦略やオペレーションに活かすことが重要になってきている。
一方、特許という技術分析のみで企業の戦略やオペレーションを立案することは危険である。「ルール形成」という分野があるように、現状の問題点を把握して、「標準化」なども組み合わせて新しい「ルール」を作っていくことをリードする必要性も時には生ずる。
このコラムでは、NBIL-5による環境やテクノロジーの最新状況分析を踏まえ、それぞれの分野の動向や課題を明らかにしていく。
昨今ではAIによる作品の生成(以下「AI生成物」)が多く行われており、中長期的には何らかの「ルール形成」が必要となると思われる。特にAI生成物の権利帰属の問題は大きな問題となるであろう。そしてこの問題は、著作権法に対して激震を与えうる問題ともなる。そこで、まずはAI生成物に関してのここ10年ほどの歴史を振り返り、何が課題で、どのようなルール形成が必要となるのかを考察していきたい。
【問題の核心】
① 著作権法元来の問題点
② AI生成物の登場によりさらに加わった問題点
③ ルール形成の必要性
第二章 歴史
【黎明期】(第二回コラム前編)
1,2012年頃よりAIの飛躍的発展が生ずる
2,2015年頃にはAIの人間レベルの創作が可能に
3,2016年、知的財産推進計画にAI生成物が初登場
【混迷期】
4,知的財産推進計画において一応の結論が提示される
5,知的財産推進計画では事実上の結論先送り
【現実の問題化】(第二回コラム後編)
8,中国でのドリームライター事件をはじめとしてAIが作成した発明や創作についての裁判などが各国で行われはじめる
9,決定的なAIソフトウェアが登場しはじめ、AIによる創作がほぼほぼ一般化してゆくであろうことが確定的に・・・
→いよいよ著作権問題の深刻化(?)
10,(予測)そろそろ次の知的財産推進計画などで改定がある(?)
第三章 形成すべきルールのたたき台について (第三回コラム)
Ⅰ、ルール案の概要
Ⅱ、ルール案概要の背景
Ⅲ、ルール案によって解決できること、解決できないこと
第一章 現在進行中の問題
①著作権法元来の問題点
①-1 権利管理が事実上できていない
東京大学の中山信弘名誉教授が『「著作権法の憂鬱」の時代』と呼び、その他大勢の学者が著作権法の問題点を指摘してリバイス論が多々唱えられたように、現在の著作権法は特にデジタル時代への対応が不十分であり、多くの問題を抱えているといわれてきた。
現在においては国でも問題視されて解決策がさまざま提示されている、「孤児著作物(オーファンワークス)」と呼ばれるような(著作)権利者が現在不明になってしまい、結果として活用できない著作物の問題は、デジタル化以前より大きな問題であった。これにより、書籍の増刷ができなくなる事件や権利者に適切な報酬が払われない事件等々の深刻な問題が発生している。
実は、権利関係はしっかりしているのではないかと一般の方が思うような著作物においても、現実には問題が発生している。
例えば、日本最高レベルの法律系出版社のひとつと言っても良い「有斐閣」を例にとろう。
さすがに有斐閣は著作権への意識は高いのだが、
著作権者捜索一覧には、膨大かつ錚々(そうそう)たる著作者の名前が挙がっており、(2022年8月14日現在で)元最高裁判所長官、元国際司法裁判所判事の田中耕太郎氏も挙がっている
おそらく国内最高レベルの法律系出版社から最高裁判所長官の著作権に対してすら“捜索願い”が出ている状況に鑑みると、我が国の(実務的部分を含めてだが)著作権法制度がどれほど深刻な問題を抱えているのかは明らかである。最高裁判所長官の著作権すら国内最高レベルの法律系出版社が行方不明にしてしまい、インターネットなどで絶望的な捜索活動をしている。いわんやその他の多くの著作物についても同様のリスクがあることが容易に想像でき、著作権者を正確に探そうとすれば、絶望的なコストが必要になるものと考えられる。これでも有斐閣であるからこそこのような真摯な取り組みがなされているものと思われ、他の事例では遙かに悲惨な状況におかれていることが想像できる。
実際、NBIL-5で実際に遭遇した事例では、ある書籍の著者が亡くなった後、その著者とゆかりのあった第三者がその書籍の増版を行おうとしたところ、その著者が亡くなった際に遺族が著作権の相続を行っていなかったことから、著作権自体は生きているにも拘らず権利者がいない状態の“孤児著作物”となっており、途方に暮れたその第三者に相談を受けたことがある。
この件では奇跡的に相続財産管理人を見つけ出すことができて無事解決に至ったが、このように簡単に権利者不在、権利者不明となる著作物は数えきれないほど存在しているのが現状である。この事例一つをとってみても、いかに著作物に関する問題が我々一般人にとっても身近であり、かつ、数も多いものであるかを伺い知ることができる。
米国においても同様で、例えば、少し有名になったAmazonの事例がある。
『7月16日ごろ、Kindleユーザーは「動物農場」「1984」が同デバイスのライブラリから消えたことに気付いた。同じころ、Amazon.comからユーザーに、これら作品の払い戻しをするというメールが届いた。
オンラインでは議論が起き、Amazonが全体主義的統制や監視社会をテーマにした書籍を削除したという皮肉な状況について多くの人がコメントした。Amazon.comは17日に、オーウェル作品を削除したのは、同社に権利がなかったためと説明した。』
消えたのがたまたま『1984』などデジタルによる全体主義に関連するものだったため話題になったが、これもそもそもがAmazonの著作権管理ミス(権利が切れているものと誤認、実際はまだ生きていた)によるものである。
個人利用等々も考えれば、大量の著作物利用時代には現在の仕組みでは対応が難しいと思われる(現在世界最強の出版物流通事業者の一角であるAmazonですらミスが起きている=ミスの回避はほぼ不可能ということであろう)。
これらの事例を振り返って考えてみると、著作物の適切な管理には一種の権利集中管理システムのようなものが必要であり、そのような“仕組み”があれば、ある程度まで著作権の利用者は著作権の権利処理についてあまり考えずに済み、権利者はその権利集中管理システムによって妥当と思われる報償を確実に得ることができるのではないかと思われる。著作権管理の仕組みについては、これまでも、そして現在もさまざまな取り組みがなされているところであるが、著作権周りにはそもそも上記のような根本的かつ大きな課題があることをあらかじめ理解しておく必要性がある。
①-2 依拠性要件の無力化
著作権について、もう一つ考えるべきことがある。インターネットにより、依拠性要件が大幅に弱くなったことである。
元来著作権法では、権利侵害を主張するためには「依拠性要件」という言うなれば「パクった」という事実の立証が必要であり、たまたま相手方に依拠せずに同様の著作物を創作した場合には権利侵害とはならないとされていた。
しかし、パクリ疑惑(オリンピックのエンブレム事件が著名)でしばしば議論されるように、インターネットで検索して出てくるものに関しては「依拠したのではないか」と常に疑惑の目を向けることが可能であることから、著作物の創作時にはこの手の調査費用が膨大なものとなってきているという問題がある。
著作権については特許のように一元的なデータベースがない一方で、誰でもインターネットで簡単に検索できることから常に依拠した可能性を疑われ、依拠していないことの立証はいわゆる“悪魔の証明”になり、極めて難しくなるからだ。
著名になったオリンピックのエンブレム事件では、相手方の訴訟取り下げにより裁判所の結論は示されずに決着となったが、訴訟を提起するのみであれば、事実上「似ている+インターネットなどで公表されている=依拠性要件を満たす」として訴訟そのものは可能であるという構図が生じ、これは後述する問題の根本的な要因の一つとなる。
①-3 その他
紙面の関係もあり、その他多く指摘されている現行著作権法の問題点を詳細に列挙することは控えるが、スウェーデンの海賊党をはじめとして、世界的にいわば反著作権法陣営というべき勢力が力をつけてきていること、現状の著作権法が多くの点で不都合を生じさせていることは留意しておくべきことであろう。
②AI生成物登場により、さらに加わった問題点
以上のような既存の問題に加え、AI生成物が加わることでさらに大きな問題が生ずる。
まず、当然ながら著作権法の制定時には、AI生成物の登場は前提としていなかった。そこで、第二章(コラム第2回)のように議論が進んでおり、まとめると次のようになる(詳細は第2回へ)。
ア:AIに取り込む学習用データについては、著作物を直接享受する態様に当たらないとして権利制限をかける=AIに学習用として取り込まれる人間の創作した著作物に関し、AIの学習用データとしてのみ使われている限りは著作権侵害が生じない。
イ:AIを道具として活用して著作物を創作した場合は、PC利用と同じく著作権が発生する。
ウ:「AI創作物」と呼ばれる人による創作的関与がない創作物は、著作権が発生しない。
という整理がなされている。
これは、著作権法の立て付け上やむ得ない分け方であるが、重大な問題が生ずる。すなわち、AI関係では著作権が多くの場合生じなくなってしまうという点と、ツール利用とそうでない場合の閾が(これもやむを得ないのではあるが)非常に微妙で、権利があるのかないのか判別が難しいという問題である。
詳細は次回以降記していくが、AIの登場によって深刻な問題が著作権法に生じていると言える。
③ルール形成の必要性
既存の問題に加え、AIによる生成物が登場することによって著作権を巡る混乱はより輻輳され、創作活動及びその利用においては多くの問題が生ずる可能性が高くなっている。
利用者は権利処理されていない可能性による訴訟リスクに悩まされ、創作者、特にAIを利用して創作を行う者は適切な報酬を得られない可能性におびえなくてはならない。
まさに今、著作権法の未来は、以下のように3つに分かれる岐路に立っていると思われる。
まず、現行法ではAIへの著作物の取り込みに関して前述の通り権利制限をかけている。さらに、前述したようにAIの出力についても権利なしという方向性が一定程度認められる。したがって、なし崩し的に著作権法を事実上崩壊させるという「著作権法崩壊ルート」とも言える一つのルートとなりうる危険性がある。これが望ましいという意見もあるだろう。しかし、それなら少なくともデジタル領域での著作権法の死については明確に“葬儀”が必要であろうと思われる。
次に、デジタル法または人工知能法で対応、または(疑似物権法的な知財系統ではなく)契約法で債権的なアプローチをするという、もう一つのルートがあり得るのではと思料する。
また、すでに発生が観測されているが、AIに学習用データとして取り込まれた著作物について(権利制限を無視して)AI創作者に難癖をつける者、逆にAI生成物に権利なしということから何でもAI生成物ではないか=コピー自由であるということを主張する者、AI生成物かどうか見分けるべきだという主張を始める者など、最新のAI生成物をめぐる権利関係については、さまざまな主張が発生している。これらを解決しないことにはAI生成物のみならず、あらゆる著作物に関して大きな混乱を生ずることとなることが予見されるので、著作権法を大幅に改正するルートが考えられる。
つまり、大きく分けると、
A:(なし崩し的に創作した著作物の著作権が消えていく)「著作権法崩壊ルート」
B:アナログ系統をこのままの著作権法で死守しつつ、AI・デジタル系を別法体系でカバーする「デジタル法(情報法)独立ルート」
C:著作権法を大幅にリバイバスする「著作権法リバイバルルート」
といった3ルートに分岐するものと思われる。
先に述べた海賊党にとっては、A「著作権法崩壊ルート」は歓喜極まるルートだろうが、おそらく最悪だ。何しろ、AI生成物によってなし崩し的に著作権法が崩壊した場合、AI以外の創作者もAI創作ではないという証明活動(悪魔の証明)が必要となり、その労力は膨大となるからだ。また、AI生成物以外について一応は(証明困難とはいえ)著作権があるので、(基本AI生成物だとして、まともに著作権を守ろうとする者自体が希少な者となるであろうから)実際にはほとんど守られないと考えられるものの、それでも訴訟可能性はあるという、ある意味正直者だけが損をする世界になるからだ。
B「デジタル法(情報法)独立ルート」は、今の流れから一定の可能性がありそうだが、果たして創作物をデジタル系とそうでないものとに分けることが簡単にできるだろうか。C「著作権法リバイバルルート」は、ベルヌ条約の関係も含めて極めて大きな変動を要する大改革になるだろう。そしてBルート・Cルートの場合には、ともにどのような改正が必要かを議論して行かなくてはならない。
Aルートは論外として、Bルート・Cルートのどちらにしても法改正はかなり大掛かりで、かつ、多くの困難を伴うものになりそうである。むしろ関連業界などが率先して自主的なルールを形成し、AIをより良く活用できる社会を創り出して、クリエータ自身もよりよい生活のできる社会を創って行かなくてはならない。
ここで、「自主的なルール形成」についても少し述べておきたい。我々日本人は大きな問題に直面した場合、どうも国や政府に頼る傾向があるようだ。我が国にはJISという国家規格があり、特に“良いものを安く作る”必要があった戦後の高度成長期においては、互換性を確保して大量生産を促す“官製ルール”は十分に役割を果たしてきた。
ところが、これまで述べてきたように、法律改正や官主導のルール形成には時間が掛かり、AIのような社会を一変させるような技術革新を伴う問題にはしばしば“周回遅れ”となりがちである。AI生成物に関する過去10年の国や政府の動きを見れば、それは明らかである。
したがって、AI生成物の権利処理に関する問題に対しては、関係者自らが①当事者感覚をもって、②合理的に、③ボトムアップ的に、「自主的なルール」を形成していくことでしか解決できないところまで来ていると思われるのである。
今回を含めて3回に分けてお送りするこのコラムが、その参考になれば幸いである。